今年も新緑の季節がやってきました・・・という書き出しのフレーズを以前も使ったような気がしてふり返ると、このブログを始めてもう一年以上が経っていたことに気がつきました。特に自らノルマを課すわけではなく、書けるときに書きたいことを・・・くらいの気構えで続けて来たこともあってか、心から楽しむことができました。とりわけ嬉しかったことは、関心を持ってくれた方々に声をかけて頂き、この1年で大小さまざまなプロジェクトがスタートできたことです。それぞれの成果がしっかりと実を結ぶように気を引き締めていきたいと思います。
さてPEAKITの原理、あるいはそれを遺物に適用した例はこれまでにもいくつか紹介してきました。今回はそれらと全く同じ考え方で遺跡を解析した事例を紹介しつつ、その先のビジョンをまとめてみたいと思います。
対象とする遺跡はダム建設に伴い秋田県埋蔵文化財センターによって調査された「向様田A遺跡※1」です。これは旧河床面の上に形成された縄文時代の遺跡です。
それでは早速この遺跡をPEAKIT解析していきます。
<単体の解析>
<単体の解析>
(1)まずは全ての基本となる三次元点群です。取得した点群を黒点にしたものです。
中央付近の円形に点の密度が薄くなっている範囲は、その中心にレーザースキャナを据えた跡です。というのも使用したスキャナは360度回転しながらレーザーを照射して3D点群を取得しますが、本体の下方向だけは45°までしか測れません。そのためにこのような点群の空白が生じます。この範囲のデータは他方向からのデータで補完されますが、点群の粗密差が生じてしまうため、スキャナ位置の周囲が薄く浮き出て見えてしまうというわけです。
1 Points cloud |
なお中央やや右にある縦長の空白部分は底に水の溜まったトレンチです。水面はレーザーで計測できないため、このようにほとんど点群のない空白域となります。
(2)そしてこれが点群から生成したレリーフです。
→原理については過去記事「"RELIEF” という表現方法とその意味」参照してください。
→原理については過去記事「"RELIEF” という表現方法とその意味」参照してください。
<単体解析の再構成>
ここまでは点群データから得られた単体の処理でした。ここからのステップでは上に列挙した単体の処理をそれぞれ組み合わせて、考古的観察に最適なデータを再構成していきます。
(5)これがレリーフ × 地下開度を合わせたものです。これで礫ひとつひとつの単位と、その重なりが把握できるようになります。
5 Openness × Relief |
(6)そしてこれがレリーフと地下開度の組み合わせに、さらに標高段彩を加えたものです。(5)の効果に加えて、調査区全体の高さを捉えることができるようになります。このタイプの遺跡の平面を観察するには、いまのところ、この組み合わせデータがベストだと考えています。
<遺跡の解釈について>
さて、この図6をもとにこの遺跡の理解について少し触れます。
さて、この図6をもとにこの遺跡の理解について少し触れます。
図中央に円形の構造を持った配石があります。これを中心とした半径約4〜5メートルの範囲内には、地面から突き出た大きな礫の頻度がその外側に比べて小さいことがわかると思います。そしてその範囲は標高色が濃い緑色で、周囲にくらべて標高が低いことがわかります。さらにこの範囲内に柱穴が確認されていることなど、これら状況から積極的な解釈をするならば、中央に石囲炉をもつ竪穴式住居があった可能性も考えられます。
その一方で、既刊の発掘調査報告書では、この遺構が住居址ではなく祭祀に関連した「環状配石遺構」であると報告されています。この範囲には通常の竪穴式住居に認められる焼土などの生活痕跡が乏しく、むしろシンボリックな遺物、遺構が多く分布するから、というのがその根拠です。この遺構が上屋構造を持っていたかどうかについては、やや慎重な解釈がなされています。
<遺跡3Dアーカイブのねらい>
このとおり、ひとつのデータでもそれを見る人によってそれぞれ異なる解釈が可能なわけですが、私はそれがとても自然で、かつ大切なことだと考えています。ですから敢えてここではこれが住居址であったかどうかについては重点を置きません。それよりも強調したいことは、遺跡の3Dデータをもとにして、何年も前にダムの底に没したこの遺構が何であったのかを、今ここで議論できるということ、それ自体です。
地面の起伏をモノクロ2値化された「線」で描くという現状の記録方法は、どれが人工でどれが自然の産物かをその場で決定する行為と表裏一体の関係にあります。調査者は発掘現場に立つ限られた時間の中で「情報の取捨選択」を行ないますが、一本の線を描く(=「取」)という行為は、その裏を返せば大量の「捨」を生むことだ、ということもできるわけです。これはもはや形あるものを線画へと変換する上での宿命とも言えるものです。
もちろん発掘調査のプロセス全体を考えると、このような調査者によるバイアスを完全に排除することはとても難しいことだと思います。しかしこの事例のように立体的に遺跡を記録することができれば、できるだけ多様な解釈の可能性を排除しないかたちで保存することができるだろうと考えています。こういった方法は「遺跡の図化」というよりも、仮想空間への「遺跡の移設 or 移築」に例えたほうが、その表現として相応しいかもしれません。
いずれこのように、時・空間を隔ててなお誰もが再検証可能なかたちで記録する方法論は、私がこの先最も期待している「成長するアーカイブ」の骨格になると考えています。→これについては過去記事「「生データを共有すること」とはどういうことか?」参照して下さい。
もちろん発掘調査のプロセス全体を考えると、このような調査者によるバイアスを完全に排除することはとても難しいことだと思います。しかしこの事例のように立体的に遺跡を記録することができれば、できるだけ多様な解釈の可能性を排除しないかたちで保存することができるだろうと考えています。こういった方法は「遺跡の図化」というよりも、仮想空間への「遺跡の移設 or 移築」に例えたほうが、その表現として相応しいかもしれません。
いずれこのように、時・空間を隔ててなお誰もが再検証可能なかたちで記録する方法論は、私がこの先最も期待している「成長するアーカイブ」の骨格になると考えています。→これについては過去記事「「生データを共有すること」とはどういうことか?」参照して下さい。
<課題>
さて、実際の発掘調査での運用を前提とすると、その課題も盛り沢山です。
(1)フィールドでの3次元入力装置は年々低価格化が進んでいるとはいえ、まだまだ「お手頃価格」とは言えません。
(2)という状況のなかで、調査の進行にともない日々刻々と変化する遺跡の姿をどのように三次元的におさえるか?
(3)さらにここでは触れませんでしたが、発掘調査では「忠実な色情報」も遺跡を再検証する上で重要な意味を持ってくるでしょう。その情報をどう採るか?
これらの課題をひとつづつクリアし、最終的にいかにして「遺跡」という知的資産をすべてのアーカイブズ・ユーザーのものにするか?・・・これは自分達への当面の難しい宿題となるわけです。
やるべきことは尽きません・・・。
それでは。
※1 向様田A遺跡の発掘調査は、秋田県埋蔵文化財センターによって行われました。遺跡のレーザー計測は株式会社アクト技術開発、三次元データの解析は株式会社ラングによるものです。
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