2012年2月25日土曜日

厳しい調査条件は 考古学に何をもたらすか?

こんばんは。YOKOYAMAです。

数日前に平野復興相が岩手県を訪れ、こう発言されたそうです。「増税までして財源を確保した。交付金制度は被災自治体の負担がゼロだからこそ、コスト意識を持ってほしい」(河北新報2012年2月20日)。

被災地の復興とは、人がそこに住み、経済の循環の中に回帰して達成しますから、人が住むための場所の確保、それにつながる動脈の整備は必須です。そしてこれに伴う工事の多くは、遺跡の調査からスタートします。この先10年は「考古学の理屈」ではなく「震災復興の理屈」でどんどんコトが進むため、おそらく私たち考古学をとりまく条件はこれまで以上に過酷なものになることが予想されます。


そこで、今日は予算や工期について著しく厳しい条件が突きつけられたとき、私達がプロのアーキビストとしてどのような選択をするのがベストか?・・石器実測を例に考えてみたいと思います。


さて、コストの中身を単純化するとこのようになります。

コスト=時間×人数

ですから例えば「コスト」を10%減らすには「人数」を10%減らせば良いし、50%減らすには「人数」を50%減らせば良い、ということになります。ところが今回は他地域から調査員数十人を応援動員して調査に対応する方針なので「人数」は確実に増えることが前提となるわけです。したがってこれと同時に「コスト削減」も実現しようとする場合、そのための負荷は全て「時間」という要素に一手にのしかかってくるということになります。

つまり考古学は、この復興調査で「効率化」という問題と真正面から向き合うことになります。何年にもわたる長期戦ともなれば精神論や省エネ運動だけでカバーできるのは精々1割程度でしょう。平均3割や5割の大幅な効率化を実現するには、記録行為そのものを根本的に見直して「正しく」優先順位をつけ、いざというときには本当にコアな情報だけを救い出すという覚悟も必要だということです。


では早速、石器実測という行為を解剖してみます。
下図は2種類の石器実測図作成のフローチャートです。左がこれまで通りの2次元的記録法(いわゆる手実測)で、右が3次元計測(PEAKIT)を用いた記録法です。各々がどのような作業かは既におわかりだと思います。

私は現在、このどちらでも作図しますが、学生へ教える時には左のフロー、会社のスタッフの場合は右のフローというように、目的に応じて完全に使い分けるようにしています。ちなみに前者の目的は「観察練習」であり、後者は「アーカイブ」です。


この2つの決定的な差は、最もコストを要する作業「observe」の配置の違いにあります。
左側のフローチャートでは、「observe」が「lithic」直下のループのなかにあります。これはディバイダーで1点測ったらすぐに実物を見ながら結線するため、「lithic」と「observe」は近い位置に置かざるを得ないのです。

一方、右のフローでは、3次元スキャンと画像処理によって一次的な「data(黄)」を生成するため、一連の工程を前後半それぞれ「定量的工程」「定性的工程」とに分割して考えることができます。こうして「observe」の位置は「lithic」から離れた下位のループへ配置することができるようになるわけです。

こうすることで、右のフローチャートにおける前後半のコスト配分は、およそ以下のような比率を実現することができます。

前半工程のコスト:後半工程のコスト=1:3


それでは次に、ある遺跡から100点の石器が出土したと仮定します。その記録に本来100万円の予算が必要なところを、その半分の50万円しか都合できなかった場合にどうするか?について考えます。


 左のフローチャートならば、上の図のように調査者が重要だと思う50点の石器を選び出し、その実測図を作成するという以外に選択の余地はありません。その理由は一連の工程を前後半に分割することが出来ないからです。したがって100点の資料群のうち50点は図画となり、残る50点は公表されません。

一方、右のフローチャートを採用するならば、下図のようにまずはひと通り資料群全体の定量データ化をおこない、残った費用で選択的に判読図化をおこなうという設計が可能となります。さらに、前半:後半のコスト配分は上の通りですから、資料群全体の3次元化することだけを前提とすれば、最大75%のコストカットまで耐えることができるわけです。



同じ資金条件のもとで行う2つのアーカイブですが、資料群の標本としてどちらが「適切」でしょうか。 
(1)逸品、珍品だけでその遺跡の考古学的理解は不可能なこと、(2)一片の剥片がその遺跡内から出土したこと(orしなかったこと)が重大な意味を成すことをよく知る石器研究者ならば、迷う余地はありませんね。 この条件の中で考古アーキビストが選択するべきは、当然「後者」になると思います。

さて、以上を短くまとめると「考古学における3D技術を用いた記録方法は、非常にコストのかかる"観察"を、アーカイブ行為の本体から切り離し、情報の受け手側に委ねることができる方法だ」ということになります。


しかし、それでもこの仕組みの是非については意見が分かれるところだと思います。そこで、最後にアーカイブズ学から大濱徹也氏の文章を拝借します。
日本のアーカイブズ運動は歴史研究者の史料保存運動として展開したがために、すでに述べましたように「史料」に呪縛され、アーカイブズを歴史研究の場とみなす思いに強く規定されてきました。そのため文書館なる場は歴史好きの集う場と見なされているのが現状です。しかしアーカイブズは公文書館にせよ文書館にせよ、当該社会の営みを記録した資料を組織的・体系的に残すことをとおし、社会の構成員、共同体をになう一人ひとりに己の目で社会の営み、協同体のあり方を検証するなかに、己の場を確かめることを可能とする器なのです。そのためにもいかに記録を管理するかという法的枠組みが必要となります。」※大濱徹也2007「アーカイブズへの眼ー記録の管理と保存の哲学ー」刀水書房

私はこの文章に、考古学の今後の方向性が明示されていると思います。
つまり考古学のアーカイブズも同様に、「社会の構成員、共同体をになう一人ひとりがアーカイブズを通して対象物を己の目で観察、解釈し、社会の営み、協同体のあり方を検証できる環境を提供することが目的だと考えます。今問われているのは、その手段として何を選択するか?・・・というだけの実にシンプルな「問い」だと思うのです。

したがって「3Dアーカイブ」は決して単なる一時的な厳しい調査条件をクリアするための方法ではなく、その本質論から見ても今後積極的に採用され、実戦の場で鍛錬されるべき合理的な方法だと思っています。


いずれにしろ、どれだけ学問的な核心に踏み込んだ議論がなされるか、そしてそれに基づいた大胆な方針決定が出来るかが、目前に控えた震災復興に伴う調査成果を大きく左右することは間違いないでしょう。

それでは。

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