北東北も少し前に梅雨入りが宣言され、大分蒸し暑くなってきました。そんな中この2週間は、情報工学関係と考古学関係それぞれの重要な方と高いレベルのお話をする機会に恵まれ、とても良い刺激をうけました。さらにおもしろい展開に発展しそうな予感がします。
さて、今回から前後編2回に分けて「PEAKIT」と「開度」の概念についてまとめます。
考古資料の3次元表現は、いまのところ仮想陰影によるレリーフ表現を用いるのが一般的です。これは対象物の概形を直感的に理解させる特長があり、考古学に限らずとも3次元データ利活用の主舞台となる「ものづくり」の分野もふくめて最もポピュラーな表現手法です(関連記事 ="RELIEF” という表現方法とその意味)。
ところが考古資料のアーカイブに焦点を絞った場合、レリーフという表現手法は必ずしも十分なものではない、と私は考えています。なぜなら、いわゆる考古学的観察という行為の大部分を占める「遺物表面に施された人為的加工の状態や順序の読み取り」は、レリーフが得意とする大らかな起伏よりも、さらに細やかなレベルの形情報を判読の手掛かりとするケースがほとんどだからです。
したがって「レリーフの単独処理では不十分なところをどう補完するか」という点に、考古学独自の工夫の余地を見出すことができるわけです。そしてこの課題を解く鍵となるのが「開度」という概念です。
開度の概念
開度とは地形特徴線抽出の手法のひとつです。 開度には「地上開度」と「地下開度」の2種類があります。そしてそれぞれの処理で得られる画像は「探索距離」というパラメータによって規定されます。
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1)地上開度の概念
地上開度とは、ある地点から見たときに、空がどれだけ広く見えるかを数値化したものです。下図のように、山の頂に立つ「大将」の場合では空が広く見えるため、開度の値が高くなります。
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図1 地上開度の概念(1) |
逆に井戸の中にいる「カエル」の場合、地上開度は小さい値をとります。
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図2 地上開度の概念(2) |
この地上開度の概念は地形情報処理では「尾根線」の検出に用いられます。
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2)地下開度の概念
地下開度とは、ある地点から見たときに、地下空間がどれだけ広がっているかを数値化したものです。下図のように、穴の底にいる「アリジゴク」の場合では地下開度の値が高くなります。
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図3 地下開度の概念(1) |
逆に山頂点にいる「モグラ」の場合、地下開度は小さい値をとります。
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図4 地上開度の概念(2) |
この地下開度の概念は地形情報処理では「谷線」の検出に用いられます。
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3)探索距離の概念
探索距離とは、ある地点からどのくらいの範囲を見渡すか、という数値になります。前掲図「大将」の例でいうと、視野を拡大した場合、もしかすると下図のような状況かもしれません。限られた世界では文字通り「大将」ですが、広い視野で見たときに実は「おやまの大将」だった、という例です。
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図5 探索距離の概念 |
このようにたとえ同じ地点であっても、探索距離が変化させると異なる開度値を返すことになります。したがって開度の演算では、どのレベルの起伏構造を抽出したいかによって探索距離のパラメータを予め設定します。
地形情報処理における開度処理の実例
それでは岩手県中部のDEMに開度演算を適用します。
※DEMの概念については、関連記事「画像処理の理論とその考古学における可能性 (前編)」を参照。
1)地上開度図
地上開度の値が高い部分を白色、低い部分を黒くすると、以下のように尾根地形の構造線が鮮明に抽出されます。
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図6 岩手県中部の地上開度図 (探索距離5.0km) |
赤い矩形部分を拡大した図が下図になります。
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図7 地上開度の拡大図 (探索距離5.0km) |
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2)地下開度図
地下開度の値が高い部分を白色、低い部分を黒くすると、谷地形の構造線が鮮明に抽出されます。
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図8 岩手県中部の地下開度図 (探索距離5.0km) |
赤い矩形部分を拡大した図が下図になります。
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図9 地下開度の拡大図 (探索距離5.0km) |
これらの開度図を自然地形の専門家に見て頂くといろいろなことがわかります。たとえば奥羽山脈と北上山地とでは地形の形成年代が異なり、新しい奥羽山脈では滑らかな地形が多いのに対し、古い北上山地は細かい谷が毛細血管のように無数に入り込み、長い年月をかけて浸食が進んでいる様子をはっきりと読み取ることができるそうです。
開度図はその他にも水系、断層、カルデラなど、微細な起伏構造から自然地形の成り立ちを判読するのに有効な主題図であると評価されています。
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図10 解析→診断型研究のイメージ |
このように画像処理演算によって客観的に解析された地形主題図は、自然科学的な「解釈」あるいは「診断」を行うための基礎的なデータとなるわけです。
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次回後編は、この微細な起伏構造の抽出を得意とする開度解析技術を考古資料に適用してみます。
それでは。
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